【アトム会のあゆみ 第8回】アトム会・西日本方面の市場開拓

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アトム会
(平成元年 2 月)


アトム会
(平成 2 年 伊勢神宮)

アトム会
(平成 7 年 北海道)

アトムハウスペイントの普及と共に、家庭塗料の特約店組織も順調に発展を遂げてきました。
発足から 8 年目を迎えたアトム青波会の会長 大井明朗氏(オオイ)から、「アトム青波会」よりも「アトム会」の方が組織の名称としてふさわしいとのご意見がありました。
これを受けて、昭和 45 年(1970 年)に解散していた業務塗料の特約店組織「アトム会」
の名称を採用することとなり、昭和 61 年(1986 年)1 月に家庭塗料の特約店組織を『アトム会』に改称しました。「アトム会」以降では以下の 4 社が新たに加盟しました。

  • ・アトムエース販売(福島)
  • ・福岡興産(福岡)
  • ・大阪ホーム産業(大阪)
  • ・ハナブサ(北海道)

当時の新聞広告

当時の西山産業看板

当時の藤本塗料興業
(平成5年)

これまで特約店組織を中心に東日本で営業展開してきたため、アトムハウスペイントは東日本での高い知名度と金物店や塗料店での高い占有率を占めていました。
しかし、課題として競合メーカーの本社がある西日本地区の攻略がありました。
特に名古屋以西はアトムハウスペイントにとってシェアが極端に低迷していた地域であったため、1970 年代には当社大阪営業所で業務用塗料部(現汎用塗料事業部)の担当者が兼任で限定的な営業展開をしていましたが、昭和 55 年(1980 年)から家庭塗料専任者を赴任させ営業強化を図りました。
当社の前社長である奥澤および現社長の秋山も、昭和 58 年(1983 年)から 4 年間、そして平成 4 年(1992 年)から 3 年間にわたり大阪支店に勤務し、計 7 年にわたり、特約店との連携を通じて西日本地区の市場開拓に努め、シェア回復に貢献しました。

当時の市場動向として、「ドイト」が日本で初めて DIY 店をオープンし、「大型日曜大工店」が続々と増えていきました(当時はホームセンターとは呼ばれていませんでした)。
ドイトを中心に DMC グループ(大型 DIY 店オープン指導グループ)が結成され、日本全国に続々と大型 DIY 店がオープンしていきました。
アトムハウスペイントは DMC グループの塗料指定業者に選定されていたため、当社の全国流通網内で新規開店する大型 DIY 店舗に対して、指定業者として参入していきました。
この流れから、三重県での DIY 店開店においては、大阪の仲矢産業にデリバリーを依頼し、これにより本格的に西日本地区での家庭用塗料の販売が開始されました。

仲矢産業との連携を契機に、西日本地区においてアトムハウスペイントを取り扱う企業が次々と創業しました。昭和 53 年(1978 年)に滋賀県で西山産業が創業されて以来、滋賀県、福井県、京都府の金物店シェアが増加していきました。
昭和 55 年(1980 年)には兵庫県でまると(元オオイ社員の堂元氏が創業)が営業を開始、昭和 56 年(1981 年)には、本田氏(同じく元オオイ社員)がアトム東海販売を創業し、愛知県と静岡県で事業を開始しました。続いて、大阪府では安藤商店、大阪ホーム産業が設立されました。

特約店組織としても西日本地区で拡大を続け、昭和 54 年(1979 年)に西山産業がアトム青波会に参加したことを皮切りに、まると、エー・ティー・エム(旧アトム東海販売)、安藤商店も青波会の一員となりました。
続いて、大阪ホーム産業がアトム会以降に加わるなど、西山産業を中心として西日本地区にもアトムハウスペイントが徐々に浸透していきました。
現在においても西山産業は、滋賀県、福井県、三重県、岐阜県、京都府、兵庫県、大阪府で金物店を手広く営業しており、地元である滋賀県のホームセンター「アヤハディオ」に塗料や接着剤を納品しています。

また、雑誌「暮らしの手帖」の企画による水性塗料テストで、アトム商品が最優秀評価を受け、特集記事が掲載されました。「暮らしの手帖」は名物編集長の花森安治氏が創刊し、一切広告を掲載せず、公平なテストで一世を風靡した雑誌です。
NHK の朝ドラ「とと姉ちゃん」でよく知られています。
その「暮らしの手帖」の特集記事を目にした高知県の藤本塗料興業の当時社長である藤本氏が、アトム商品を取り扱いたいという強い希望を持って当社の板橋本社を訪れ、創業者であり社長の西川に自ら直談判した結果、特約店となりました。
その後、藤本塗料興業は愛媛県と神奈川県に営業所を設け、現在では四国 NO.1の塗料店としての地位を確立しています。
西山産業 会長・西山氏も、独立前に競合他社社員として関東を営業していた頃、「暮らしの手帖」でのアトム商品の評価はセンセーショナルで、得意先が取扱商品の多くをアトム商品へと切り替えられたことを、当時を振り返りながら回想されておりました。

こうしてアトムハウスペイントは、全国的に展開し、品質面でも特約店や消費者に信頼される商品としての地位を確立していきました。